じぷた通信社

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さだまさし『空蝉』(うつせみ)について

 こんにちは、じぷたです。

 

 今回は、さだまさしの歌詞について考えたいと思います。

 以前、「さだまさしの歌詞がイイは本当か?→本当です。」という内容の記事を書きました。
 これまで何度かさだまさしをテーマに記事を書いたとがあります。公開後、非公開に戻した記事も含めると3本くらいあると思います。

 

 今日はその続編です。

 今回、歌詩解釈で取り上げるのは『空蝉』という曲。読み方は「うつせみ」です。
 アルバム「夢供養」に収録されていまして、ファンの間では佳曲と言われております。
 

 さだまさしファンの間では「夢供養」というアルバム自体が傑作との評価であり、『空蝉』も内容が深く、歌詩を検証する価値があると考えます。

 

 まずは歌詩をじっくり読んでみましょう。

 

 ※以下、青字は引用部分

『空蝉』 作詩・作曲 さだまさし  アルバム「夢供養」に収録 

①名も知らぬ駅の待合室で
②僕の前には年老いた夫婦
③足元に力無く寝そべった
④仔犬だけを現世の道連れに
⑤小さな肩寄せ合って 古新聞からおむすび

⑥灰の中の埋火おこすように
⓻頼りない互いのぬくもり抱いて

⓼昔ずっと昔熱い恋があって
⑨守り通したふたり


⑩いくつもの物語を過ごして
⑪生きて来た今日迄歩いて来た
⑫二人はやがて来るはずの汽車を
⑬息を凝らしじっと待ちつづけている
⑭都会へ行った息子がもう 迎えに来るはずだから

⑮けれど急行が駆け抜けたあと
⑯すまなそうに駅員がこう告げる

⑰もう汽車は来ません
⑱とりあえず今日は来ません
⑲今日の予定は終わりました

 まず、「僕」が居るのは田舎の特急が止ることのないような小さな駅なのです。
①名も知らない駅の待合室
とあることから想像できます。


 この老夫婦は、ともに壮健とは言えないようです。
⑥灰の中の埋火おこすように
⓻頼りない互いのぬくもり抱いて
のところから、高齢の為、身体も気持ちも弱ってきていることが読み取れます。

 ※ちなみに「空蝉」という言葉は万葉集源氏物語にも出てきます。しかし、この曲とどのように関連させるのが適切なのか、いまいちわかりません。じぷたの古典の知識不足が残念でなりません。

 

 

 
 息子は都会に出て暮らしており、長い間、高齢者二人で暮らしていたのでしょう。
 身体も気持ちも衰えてしまった二人にとって、都会へ出てしまった息子が、自分たちを迎えに来てくれることだけが、唯一の希望の光なのです。

 

 老夫婦は、駅にやって来ては息子を待つ、という生活を続けています。
 この日も、おむすびをもってきていることから、終日待ち続けるつもりなのでしょう。
 

 夕暮れまで待ち続けたものの、結局息子が駅に降り立つことはありませんでした。最終の急行列車が駅を(急行停車駅ではないから)通過した後、「もう汽車は来ない」と駅員から伝えられます。

 

 

 この曲を聴くと、寂しい老後の生活が思い浮かび、ゾクゾクするような暗さを感じてしまいます。

 

特に次のフレーズは、暗に寂しさを感じさせているフレーズであると思います。

⑤小さな肩寄せ合って 古新聞からおむすび
 息子はやがて迎えにくる「はず」ですが、いつ帰ってくるのか日時は全く不透明であり、そのため、終日そして毎日待ち続けることになっていることを匂わせています。

 

⑮けれど急行が駆け抜けたあと
 停車する普通便が終了しても、まだ老夫婦は駅で待ち続けています。
列車が終了したかどうかも、そして急行は通過するだけで停車しないことも、老夫婦は「わからなくなっている」または「わかりたくない」という精神状態であり、その点にも悲劇性が感じられます。

 

 老夫婦にとっては「息子と交わした約束」と「帰ってきて欲しいという願望」が、すでに区別つかなくなっているように思われます。体調的・金銭的・精神的に追い込まれていることが読み取れます。
 そんなところが、儚さを感じさせるのだと思います。

 

 さて、全編「救われなさ」が全開な『空蝉』なわけです。
 老夫婦は全く救われないまま曲が終了します。どこかに希望や光が見いだせないか考えてみたのですが、うまくいきませんでした。

 

 どなたでも結構ですので、この老夫婦を救う解釈をご存じでしたらご教授いただけると喜びます。

 

 それから本文では触れませんでしが、タイトルの『空蝉』についても整理できていません。
 空蝉には、現世とか抜け殻など様々な意味があるようです。
 タイトルの解釈についても、解釈をお持ちの方がおられましたら、教えていただけるととても喜びます。

 

 最後はお願いばかりになってしまいました。ごめんなさい。

 

 

 それではまた。