さだまさしの才能 歌詩の才能が非凡すぎる  

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 「残念だけど・・・歌っていうのは「歌詩」から腐っていくんですね」と言ったのはさだまさしです。

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 こんにちは、じぷたです。

 
 先日、何気なくテレビを見ていたら、NHKの「鶴瓶の家族に乾杯」の番宣が映りまして、さだまさしによるテーマ曲ソングが流れていました。
 聴いた瞬間にさだまさしだとわかる声、さだまさしらしい楽曲、さだまさしらしい歌詩でした。

 ※さだまさしは「歌詞」を「歌詩」と表記する方ですので、今回の記事においては「歌詩」で表記しています。

 少々話がズレますが、聴いた瞬間に誰が歌っているのか伝わる歌手ってのは中々いません。
 桑田圭祐、中島みゆき、美空ひばり、松任谷由実、藤山一郎、氷川きよし、森進一、五木ひろし、細川たかし、松田聖子・・・ビックネームばかりですね。

 

 あえて他界されている方もリストに入れてみました。
 国民は若い人だけではありません。「だれにでもわかる」というレベルになるには、若年層から年配にまでも気づいてもらえるようになる必要があり、複数の大ヒット曲を成し遂げるには、相応の時間が必要だということを示しています。
 そのことから、聴いた瞬間に誰が歌っているのかわかる、というレベルのアーティストはベテランが多くなるのが必然と言えましょう。

 

 さて、話をさだまさしに戻します。
 さだまさしは、国民的知名度を誇るシンガーソングライターであると言えます。しかし、さだまさしに関するコメントとして出てくる「さだまさしは歌詩がイイ」は本当なのでしょうか。

 

 結論から言いますと、じぷたはさだまさしの歌詩センスは素晴らしと思っています。サンプルとして「つゆのあとさき」という曲をあげて考えてみましょう。

 

 以下引用です。以降、引用部分は青に着色しています。

アルバム『風見鶏』より『つゆのあとさき』 作詩・作曲 さだまさし 

①一人歩きを始める 今日は君の卒業式
②僕の扉を開けて 少しだけ泪を散らして
③さよならと僕が書いた 卒業証書を抱いて
④折からの風に少し 心の代わりに髪揺らして
 
⑤幸せでしたと一言 ありがとうと一言
⑥僕の手のひらに指で 君が書いた記念写真
⓻君の細い指先に 不似合いなマニュキア
⓼お化粧はおよしと 思えばいらぬお節介

⑨めぐり会う時は 花びらの中
⑩他の誰よりも きれいだったよ
⑪別れゆくときも 花びらの中
⑫君は最後まで優しかった

⑬梅雨のあとさきの トパーズ色の風は
⑭遠ざかる 君のあとをかけぬける 

⑮ごめんなさいと一言 忘れないと一言
⑯君は息を止めて 次の言葉を探してた
⑰悲しい子犬のように 震える瞳をふせた
⑱君に確かなことは もう制服はいらない

⑲めぐり会う時は 花びらの中
⑳他の誰よりも きれいだったよ
㉑別れゆくときも 花びらの中
㉒君は最後まで優しかった

㉓梅雨のあとさきの トパーズ色の風は
㉔遠ざかる 君のあとをかけぬける

 

 この歌詩の考察について考察は、書籍やネット上で多くの方が論じておられるので、詳細な解釈についてはそちらを参考にしていただければと思います。

 歌詩のポイントは、この歌詩が「学校の卒業」と「恋人関係にあった『僕』からの卒業」を掛けているところです。

 

 それを表現しているのが序盤の歌詩です。
①一人歩きを始める 今日は君の卒業式
②僕の扉を開けて 少しだけ泪を散らして
③さよならと僕が書いた 卒業証書を抱いて
④折からの風に少し 心の代わりに髪揺らして

 僕から切り出した別れを受け入れて、君は一人で歩いていく(僕から卒業していく)気持ちを固めた。泪を少し流したものの、彼女的には動揺を隠している。彼女は動揺を隠そうとしているものの、彼女のしぐさのほんのわずかな部分から、僕には彼女の動揺(を隠そうとする意向すら)を感じ取ることができる。

 

 そのような状況で彼女はこう言いました。

 ⑤幸せでしたと一言 ありがとうと一言(1番の歌詩)
 ⑮ごめんなさいと一言 忘れないと一言(2番の歌詞)

  ここ、ここですよ。
 1番と2番の歌詩で違いはありますが、彼女は別れを切り出た「僕(彼氏)」に対して「幸せでした」「ありがとう」「ごめんなさい」「忘れない」と伝えました。
 彼女は「僕」との親しい付き合いに対して、満足していたことを伝えています。そして別れを告げてきた「僕(彼氏)」に対して、自分が至らなかったことについて「ごめんなさい」と告げています。

  なんて控えめな女性なのでしょう。この控えめさが「大和なでしこ」なのかもしれない、と感じてしまいます。じぷた的にクラクラ来るポイントです。素晴らしい。

 また、⑤幸せでしたと一言 ありがとうと一言(1番の歌詩)等の部分では、「○○と一言」の表現を重ねることによって、時間が掛かってしまってでも言葉を選んで、「僕」に対してなんとか語り掛けようとする彼女の誠実さが伝わってきます。


さらに読んでいくと、
⓻君の細い指先に 不似合いなマニュキア

⓼お化粧はおよしと 思えばいらぬお節介
とあります。
 
 別れることが決定した相手にさえ、身勝手なリクエストをしてしまう「僕」という構図に見えますよね。男の身勝手さを表現していると読み取れます。

 一方で、歌この歌詩は「別れ」を「学校の卒業」になぞらえているわけです。彼女が学校で違反とされているマニュキアや化粧をするということは、「学校(僕)に対する反抗」とも考えられます。
 別れることになった相手(僕)への最後の、そしてささやかな反抗とも読み取れます。
 

 どちらなのでしょうか。

 

 じぷた的には「『僕』の身勝手説」を押したいと思いますが、「『僕』に対する反抗説」も十分にあり得ると思います。
 ここらあたりは解釈が分かれるところだと思います。
 

 さだまさし歌は、メロディにのる歌詩そのものが美しいです。とってもきれいな言葉を使っていると思います。
 そして、その歌詩にかけられる比喩がちょうどよく、①一瞬歌詩の意味がストレートにわかった気がするが、②よく考えると暗喩になっており、③最終的に解釈が人によって分かれる、という、何と言うか、ありきたりな表現をするなら「深みがある歌詩」なのです。 

 

 「さだまさしは歌詩がイイ」は本当です。日本語の選び方がきれいであるところへ、比喩が絶妙。実は楽曲も素晴らしいのですが、複数の解釈が存在する歌詩は深みがあって、読んでみると本当に面白いです。
   みなさんも、さだまさしの歌詩の解釈で楽しんでみて下さい。想像以上に楽しめると思います。
 
 ちなみに実際に聴いてみる場合は、ライブではない音源をお勧めします。
 さだまさしの楽曲は伴奏におけるストリングスの影響力が大変に大きので、ライブとオリジナルCDでは印象が大きく違います。また、ライブではオリジナルよりもキーが下がる点も気になります。
 楽曲の美しさを味わうためにも、オリジナルでの視聴をお勧めします。 

 

 「やまとなでしこ」が絶滅して、歌詞が腐る前に、ぜひ楽しんでみて欲しいと思います。

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