さだまさし『関白宣言』 内容は低関白 実は心温まる愛のうた 

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 こんにちは、じぷたです。

 今回のさだまさし研究は、『関白宣言』をテーマに考察していきます。

 『関白宣言』は1979年7月10日に発表されたシングル曲です。
 アルバムとしては、後々、様々なベストアルバムに収録されていきますが、アルバムに初めて収録されたのは1980年12月10日に発売されたベストアルバム『さだまさしヒットコレクション』(カセット版のみの企画)となっています。

 オリコンの情報によると、さだまさしのシングルの中でオリコン最高順位1位を記録したのは、『関白宣言』124.5万枚、『雨やどり』68.3万枚、『親父の一番長い日』66.8万枚の3曲となっており、さだまさし最大のヒット曲となっています。

 

 さだまさしやback numberの歌詞解説はこちら

さだまさし『第三者』 別れる寸前の二人の描写 比喩表現がすごい!
この歌におけるラストオーダーとは「思い出美化」に向けた、しゃれた言葉掛けや思い出の振り返りのことを指していると思うのです。舞台である喫茶店、なお且つこの場面で、実際に注文するべきはどんなスイーツであるべきでしょうか。

 

back number『ヒロイン』の歌詞について考える
少なくとも『ヒロイン』に出てくる男の子はヘタレといっていよいのでは。女の子は広瀬すずさんも良いが、じぷたの脳内では佐藤栞里さんで再生されています。

 

さだまさし『主人公』についての考察 若者たちに向けた熱くストレートなメッセージ 
しらけ世代といわれた当時の若者たちも、過去の若者たち(さらに言うと今の若者たち)と同様に、若さゆえの苦しみや迷いを抱えているわけです。若者に対して、熱くストレートな言葉でメッセージを送るというのが『主人公』のテーマだと思います。

 

さだまさし『案山子』についての考察 「松の木の精」&さだまさしのコラボ説
『案山子』には兄弟の物語が描かれています。それに併せて、故郷から都会へ出た「若者」に対するさだまさしの思いが、「松の木の精」の視点を通して語られています。「兄弟説」に「松の木の精」の視点が付け加えられている、というのが私の解釈です。

 

「男はこれで宜しい、女もこれで宜しい、愛はこうで宜しい」(加藤シヅエ)

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いつかはやらなければならない曲

 さて、この『関白宣言』。さだまさしのファンとして、あるいはじぷた通信社主筆として、もしくは一人の音楽愛好家として、いつかは解説しなければならない曲だと思っていました。
 『関白宣言』をネットで検索すると発表当時の受け手達の雰囲気がわかります。商業的な成功を収めた一方で女性蔑視との意見があり、相当な「さだまさしバッシング」吹き荒れたというのは有名な話です。

 

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女性蔑視なのか?

 図らずも女性蔑視とのバッシングを受けたさだまさし。
 意図しないところでたたかれるというのそれだけでもモヤモヤする状態ですが、この時のバッシングは相当に強いものであったようです。
 『関白宣言』の大ヒットと大バッシング、それに続いて『防人の詩』により右翼的とのレッテルを貼られたり、映画で背負った30億円を超える借金の心労と合わさり、さだまさしは不調の時期を迎えます。

 そんな中、『関白宣言』を擁護した女性がいます。
 その名は加藤シヅエさん。婦人解放運動家であり、日本初の女性議員の一人として社会党で活躍された方です。
 加藤シヅエさんの人となりはネットで検索していただければ山ほど出てきますので詳しくは触れませんが、平たく、そして誤解を恐れずに言えば「左翼系の有名人」です。
 その加藤シヅエさんが『関白宣言』について言った一言。

「男はこれで宜しい、女はこれで宜しい、愛はこれで宜しい」

 『関白宣言』のヒットによりバッシングを受けていたさだまさしを生涯応援したと言われています。さだまさしを批判する立場にありそうな加藤さんですが、その「加藤シヅエが認めている」という点でさだまさしは相当に勇気づけられたようです。
 加藤さんとの親交は加藤さんが他界されるまで続きました。

まずは歌詞を読んでみる。

 まずは歌詞から読んでみましょう。
 以下、歌詞引用です。また、以降の青字は引用部分です。

『関白宣言』 作詩・作曲 さだまさし 編曲 福田郁次郎 さだまさし

①お前を嫁にもらう前に 言っておきたい事がある
②かなりきびしい話もするが 俺の本音を聴いておけ
③俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない
④めしは上手く作れ いつもきれいでいろ できる範囲で かまわないから
⑤忘れてくれるな 仕事もできない男に 家庭を守れる はずなどないってことを
⑥お前にはお前にしか できないこともあるから それ以外は口出しせず 黙って俺についてこい

⑦お前の親と俺の親と どちらも同じだ大切にしろ
⑧姑 小姑かしこくこなせ たやすいはずだ愛すればいい
⑨人の陰口言うな聞くな それからつまらぬ嫉妬はするな
⑩俺は浮気はしない たぶんしないと思う しないんじゃないかな ま、ちょっと覚悟はしておけ
⑪しあわせは二人で 育てるもので どちらかが苦労して つくろうものではないはず
⑫お前は俺のところへ 家を捨てて来るのだから 帰る場所はないと思え これから俺がお前の家

⑬子供が育って年をとったら 俺より先にしんではいけない
⑭例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝ってはいけない
⑮何もいらない俺の手を握り 涙のしずくふたつ以上こぼせ
⑯お前のおかげで いい人生だったと 俺が言うから 必ず言うから
⑰忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ひとり
⑱忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ただひとり

 

女性蔑視ってどの部分?

 たしかに歌詞を読んでいくとぱっと見で気になる歌詞はあります。

③俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない
④めしは上手く作れ いつもきれいでいろ 
⑦お前の親と俺の親と どちらも同じだ大切にしろ
⑧姑 小姑かしこくこなせ
⑫お前は俺のところへ 家を捨てて来るのだから 帰る場所はないと思え

 これらの誰でもすぐにわかる蔑視ともとれる歌詞に対し、さだまさしは「落ち」というか、フォローというか、冗談ですよってわかるような歌詞を必ずつけています。

③俺より先に寝てはいけない 俺より後に起きてもいけない
④めしは上手く作れ いつもきれいでいろ
 ⇒できる範囲でかまわないから 

⑦お前の親と俺の親と どちらも同じだ大切にしろ
⑧姑 小姑かしこくこなせ
 ⇒容易いはずだ 愛すればいい

⑫お前は俺のところへ 家を捨てて来るのだから 帰る場所はないと思え 
 ⇒これから俺がお前の家

 少なくともこれらの部分については、きちんと「ネタ」であることを伝えています。 
 冗談であっても「そんな発言許せない」とおっしゃる方もいるかもしれませんが…。

 

それまでの社会認識と新しい風潮 

リリースされた1979年は女子差別撤廃条約が国連で採択された年

 関白宣言は1979年7月にリリースされるのですが、その年は女子差別撤廃条約が国連で採択された年です。
 1970年代後半から1980年代にかけては男女平等の意識が高まった時期であり、関白宣言は内容が仮に女性蔑視とは全く関係がなかったとしても、そのタイトルだけも叩かれやすい時期に発表された曲であると言えるでしょう。
 作曲当時、コンサートで披露する場面では、タイトルが『王手~関白宣言~』であったようですが、このタイトルではなんだか売れそうにない気がします。

批判するとすればこの部分

 歌詞を読みかえしてみて、唯一批判されるとすればこの部分の歌詞かと思います。

⑤忘れてくれるな 仕事もできない男に 家庭を守れる はずなどないってことを
 主人公は、妻に対して忘れないで欲しいと呼び掛けています。ということは、妻は何かを忘れている、または忘れかけている、もしくは忘れる可能性がある、ということです。

 忘れて欲しくない何かとは「仕事もできない男に 家庭を守れる はずなどないってことを」の部分となります。
 意味を補完して言い換えれば、男は仕事により家族を養うのが役割である(そして女の役割は家事により家を守ることである)という、社会認識です。さらに短く言うとすれば「男は仕事(女は家庭)」ってやつでしょうか。

 

時代の過渡期にかつての考え方を批判している 

 この「男は仕事(女は家庭)」という社会認識は少なくとも1970年代後半までは常識だったと考えられます。社会認識というか常識だったわけで、「男は仕事(女は家庭)」ってのが当然な日本だったわけです。 
 ※ちなみに、じぷたの両親は1960年頃に結婚していますが、ずっと共働きでした。そして現じぷた世帯も共働き世帯です。筋金入りの共働き世帯です。

 しかし、先ほど述べたように1979年に国連で女子差別撤廃条約が採択されました。
 国連で採択されたからといって急に日本の常識が変わるわけではありませんが、それ以前にも女性の社会進出を唱える女性たちや女性団体は一定数いました。
 一方で結婚と同時に専業主婦となる世帯は1980年代も主流であり、意識の変化が始まっていくのは1986年の男女雇用期間均等法の施行以降と考えられています。
 ということは『関白宣言』が発表された頃は時代が変化する過渡期の始まりだったと言えるでしょう。

 つまり『関白宣言』をヒットさせたさだまさしに対する強烈な批判というものは、「新しい風潮を望む勢力が、その風潮の兆しが見えた時期に、旧来の考え方をもった曲を広めたことを理由として行ったバッシング」であると言えます。

 

さだまさしと『関白宣言』への批判 時期を考えると…

 「過渡期の始まり」、そのような時期に旧来の考え方を歌に盛りこむことは、そんなにいけないことなのでしょうか。

 旧来というよりも、その後もしばらくは社会の中で多数を占めていた考え方であり、実際に社会としての認識が変化するまでは長い時間がかかっています。
 変化の兆し対して、それまでの常識だった考え方を「忘れてくれるな」と歌にすることはそんなに批判されることではないとじぷたは考えます。

 『関白宣言』が発表された時期は、女性の家庭における立場が変わっていく「過渡期の、そのまた始まりの時期」なのです。
 いずれは時代遅れになっていく、かつての社会常識だったわけですが、発表時期を考えれば、一人の歌手が鬱状態に追い込まれるまで叩く必要まではないのではないかと思うのです。

 ※共働き世帯の数が専業主婦世帯の数を超えるのは1997年と言われていますが、これは専業主婦世帯の総数との比較であり、結婚直後に妻が専業主婦になった世帯との比較ではありません。

 

『関白宣言』の本質は心温まる愛のうた

 さて、さだまさし批判の原因の一つに発表時の世相が影響している、ということを述べましたが、少々理屈っぽくなりました。
 気分を変えて、改めて歌詞の考察に行きましょう。

 3番に入ると曲の雰囲気が急に静かというか真面目な雰囲気になります。

⑬子供が育って年をとったら 俺より先にしんではいけない
⑭例えばわずか一日でもいい 俺より早く逝ってはいけない
 ここには2通りの考え方があると思います。
 一つは、夫としては一人で死にたくないので看取って欲しい、という若干甘えた考え方。
 もう一つは、夫として妻にはできる限り長生きして欲しい、という愛する妻への想いであるという考え方です。

 ⑭例えばわずか一日でもいい、とあることから、俺より早く死んではいけない(逝ってはいけない)という歌詞は、妻には出来るだけ長生きして欲しいという思いを伝えたかった、と解釈するのが妥当です。
 夫が亡くなった翌日に妻が亡くなるということは、同じくらい弱っているということです。看取ることを期待するのは無理な相談です。

⑮何もいらない俺の手を握り 涙のしずくふたつ以上こぼせ
⑯お前のおかげで いい人生だったと 俺が言うから 必ず言うから
 この時点においては、夫は妻に対して関白な宣言などしていません。なにもいらないと言っているくらいですから。むしろ夫は妻に対して感謝を伝えるつもりでいます。
 必ず言うから、を聞いたときに幼きじぷたは感動いたしました。ちなみに、涙のしずくふたつ以上こぼせ、は照れ隠しのための上質な冗談だと思います。
 

さだまさしが『関白宣言』で最も伝えたかったことは…

 3番の歌詞の後半はストレートな愛の言葉が繰り返されます。
⑰忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ひとり
⑱忘れてくれるな 俺の愛する女は 愛する女は 生涯お前ただひとり

 しかし、さだまさしが歌の主題として伝えたかったのはこの部分ではないと思います。
 『関白宣言』というタイトル、にも関わらず宣言した内容は関白度が低いこと。そして生涯愛していますという純愛宣言をしていることから考えると、歌の主題は⑪の部分です。

⑪しあわせは二人で 育てるもので どちらかが苦労して つくろうものではないはず

 つくろう、とは体裁を飾るという意味です。体裁は、見た目や見栄という意味。体裁を整えるために妻だけが苦労する必要はないと断言しています。
 つくろった幸せでなく、本当の幸せを「二人」で作っていこうということは、いうなれば夫婦は対等であり、新しい夫婦の在り方二人で模索していきたいという宣言に他なりません。これが『関白宣言』という歌の本質だと考えます。

まとめ

 歌詞の冒頭で
①お前を嫁にもらう前に 言っておきたい事がある
②かなりきびしい話もするが 俺の本音を聴いておけ
 などと言っていますが、内容は厳しいどころか全くの低関白、なんなら非関白。

 結局本当に伝えたかったのは、
⑪しあわせは二人で 育てるもので どちらかが苦労して つくろうものではないはず、という点でした。
 『関白宣言』には高関白度と見せかけた冗談の部分、旧来の価値観を忘れないで欲しいと宣言してしまった部分、純愛宣言の部分と大きく分けて3つの部分がありますが、本質は新世代の夫婦像の追求だと思います。
   だから加藤シヅエさんは「愛はこれでよろしい」と言ったのではないかと想像します。

 この夫婦なら、現代に通じる夫婦像を全うした上で、幸せになってくれているんじゃないかな、とじぷたは思っています。

 『関白宣言』、心に残る名曲です。
 発表当時の時代背景にも思いを寄せながら聴いてみると、より深いところで夫婦の形を考えることができるのではないでしょうか。

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